希望という心を込めて産んでくれた、親の存在。
それはとても尊いもので、感謝し切れない事も多々あります。
しかし、年月が過ぎて行く程親子の関係性は良くなる場合もあれば、悪化して行く場合もあります。
特に悪化した時は辛く、先行きが不透明な状況で不安に駆られるでしょう。
もしそうなった場合でも、どうすれば良いのかを考えてみたくなりますね。
今回は親の面倒を見たくない原因と解決策をご紹介します。
特に、親のお世話について避けたいと思っている人や、親を嫌っていてどうすれば良いのか困惑している人は必見です。
こんな疑問を解決します!
- 親の面倒を見ない理由は何があるのか
- 親の面倒を見る必要のある法律とは何か
- 解決策は何があるのか
目次
親の面倒を見られない理由は何か
まず最初に、親の面倒を見られない原因を知って行きましょう。
ここで何も原因が分からなければ、何も意味がありません。
どうして親が嫌いなのか、更には何が発端で面倒を見る気がしなくなったのか、その点をよく考えてみながらの方が良いでしょう。
私の友人は親子関係は余り良くはありません。
友人は現在両親と疎遠状態になっていますが、「もう会いたいとは思わない」と私に一言発言してくるばかりでした。
でも、私自身それだけでは具体的に理解出来ませんから「一緒に考えてあげるから、話してごらん」と言ったら、どんどん話してくれました。
それ程、親子で何かあったのでしょう。
そういった友人の事もあり、調べて来ましたので、ここからは原因をご紹介して行きます。
親への感謝の気持ちが薄れているから
1つ目は、親への感謝の気持ちが薄れているからです。
親は子供を授かった時は大変喜んで、立派な大人になってくれるまで自らの人生として考えながらも、育児に全うして行きます。
しかし、その気持ちが薄れてしまうと親の対応は乏しくなり、それを受ける子供は物心が付いて多感な時期になって行く程、親への感謝の気持ちが徐々に減って行ってしまい、やがて悪循環な印象を持ち続けてしまいます。
とても悲しい事ですが、育児の大変さの裏には子供の心を掴み切れなかった親の責任を重く感じます。
私の友人の子供の頃は、親の育児に対する行動は余り良くは無かったそうです。
保育園や小学校に通っていた頃は「まだ良かったと感じていたよ。両親とは手を繋いで一緒に遊んだりしていたよ」と言っていましたが、「中学生以降は受験に対して力が入り過ぎて、ダメ出しされたりして、「親」という立場は何となく理解出来るんだけど、見ている所が将来性に特化し過ぎじゃないかなって思い続けていたよ」と、私に言いました。
私の親も中学や高校時代は受験等で厳しい印象があったりしましたが、それでも家庭の雰囲気を壊さない事を維持していたので、私が徐々成長する姿を見守ってくれていたと今でも感じ取れています。
それが友人の家庭では出来なかったと思うと、とても残念に感じてしまい、どういったら良いのか暫く言葉が出ませんでした。
親への尊さを失うという事は、とても大きなダメージになるという事です。
虐待を受けたので面倒が見れない
2つ目は、虐待を受けたので面倒が見れない事です。
これは余りにも悲惨すぎますよね、人間として酷過ぎる内容です。
今でも問題になっている、子供への虐待問題。
現在分かっている虐待事件は以下の通りです。
警察庁は2021年3月12日、令和2年(2020年)における少年非行、児童虐待および子どもの性被害の状況について公表。児童虐待の検挙件数は、過去最多の2,133件であることが明らかとなった。(引用:リセマム)
近年では2000件を超える程、大人達は自分の生命を繋いだ子供に対して虐待をしています。
私はこの情報を知った時、「人間の精神はただ自分が生きるだけで精一杯?じゃあ、理想を掲げるのはおかしいよね」って思いました。
それは何故かと言いますと、「愛情」という理想から現実の苦労に耐え切れず、「現実逃避」という理想に逃げて行った結果、そのお荷物が「我が子」だったのでそれを迫害しているのも過言ではないからです。
実は私の友人は、子供の頃に親から虐待を受けた被害者の1人でもありました。
「小学生時代は良かった、でも中学生の受験でピリピリする様になってから、テストの点数が悪いと父からは殴られたり、母からは罵声を浴びたりして「私は何の為に生きて来たのだろう」と、毎日自問自答している日があったりした」と言ったり、「担任の先生に相談して、直接面談をして貰ったけど両親は「何もありませんよ」ってケロっとした態度でいた事が今でも悔しく、鮮明な程に記憶に残っている」と言いました。
私はその際気の毒過ぎて言葉が出ませんでしたが、改めて考えても立派な犯罪でしょう、酷過ぎますよ。
子供の気持ちを考えずに、自分達の理想のみ掲げて子供を圧迫するなんて、親失格です。
それで、今は両親に対して恨み辛みを持って疎遠状態になっているという事は充分納得出来ます。
これでは、親が老後になっても面倒を見たく無くなり、子供が放置する行動については否定出来ません。
子供に親の面倒を見る義務が生じてしまう
3つ目は、子供に親の面倒を見る義務が生じてしまう事です。
よくあるのが、親の兄弟が先に亡くなってしまうケースが殆どで、最終的に子供が親の介護等の面倒を見る事になって行きます。
親が兄弟間の中で末っ子の年齢層だと、否定出来ませんね。
そうなると、誰も関係者が居なくなって来てしまい、孤独な立場は避けられなくなります。
そして、お金に余裕があると対象になり易いので、面倒を見たくないと思ったりしている人にとっては注意が必要です。
私の友人は本人曰く決して裕福ではありませんが、3人姉弟の中でも若干経済面に余裕があったので姉弟間で話し合った末、長女である友人が親の介護をする役割の対象となってしまった事を聞きました。
友人は親を介護する程のお金は無いので、その点を考慮して貰いたく弟と妹に話しましたが、友人の姉弟間の中では姉である友人が経済的に余裕がある分、年下の姉弟達にじっくりと親の面倒を見る事について検討して行くべきとの発言があったから、今後の話し合いはどうすれば良いのか、とても困ってしまったと言っていました。
それに対して私は「弟さんと妹さんと今後も話し合って行けば、良い方向性に向かって行くよ。」とアドバイスはしました。
直ぐに決めたりすると今度は姉弟同士の関係が悪くなりますし、特に友人は親から散々な思いをして来た苦労人ですから、経済面も含めて面倒を見たくない親をどうして行くかはバランス良く回せたりも考えたりと、アイディアは浮かんでくる筈ですので焦らず慌てずに行って欲しいと、私は思いました。
こうした工夫等でなるべく親の面倒を抱え込まずに済む可能性もある事を、知って行く事も大切です。
親の面倒を必要とする法律がある
ここまでは親の面倒を見れない原因をご紹介しました。
次は、親の面倒を見る法律についてです。
実はそういった法律もあるんですよ、私はそれを知ってびっくりしました。
法律を知る事で、これまで日本が高齢者に対して介護を必須とする理由がよく分かりますので、必見です。
私の友人も全く知らなかったそうで、「これをネットでググって知ってからはこれから先の親の面倒は、どうして行こうか深く考えたよ」と言っていました。
それ程重要な法律、しっかり知って行きましょう。
民法で親の面倒を見る法律が定められている
日本の法律の中で、以下の民法があります。
<民法877条>「直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある」 <民法752条>「夫婦は同居し、互いに協力し、扶助しなければならない」(引用:ミンナノミライ)
これが、高齢者を介護するにあたって、義務付けられている法律となっています。
血縁の濃い家族と親族は、この法に基いて助け合って生きて行かなければなりません。
私はこの法律を知って、「いくら親が嫌いでも面倒でも高齢で不自由になった時には介護しなければならないんだなぁ」って思いました。
私の友人も同感で「なんだか悔しい気持ちもあるけど、これが日本の法律だね」と言っていました。
日本は人助けに尊い気持ちの精神を持っている国です。
その国の中で生きて行くには、面倒を見れない親でも助け合って生きなければいけません。
友人にとってもこれから先、課題が山積みだと思いますが受け止める必要があるという事を知って貰った上で、どうすれば面倒を見ないで済むのか考えて欲しいです。
難しいですが、これは仕方が無いのです。
親の面倒を見ないと刑事罰になってしまう
前述では民法で親や親族といった、血縁の繋がりがある者同士の場合に支援が必須である事をご紹介しました。
では、その支援の中で特に親の面倒を見ないとどうなってしまうのでしょう。
私としても非常に気になって来ますし、心配にもなります。
日本の刑法では、支援をしないと以下の通りの事になってしまう事が分かりました。
- 「保護責任者遺棄致死罪」面倒や保護する義務があるのに、何もしなかったため、対象者が死亡した場合にかけられる罪。
- 「保護責任者遺棄致傷罪」面倒や保護する義務があるのに、何もしなかったため、対象者が傷害を負わせた場合にかけられる罪。
- 更には死亡の場合も罪になってしまいます。
<刑法第218条>
死亡した場合「老年者、幼年者、身体障害者又は病者を保護する責任のある者がこれらの者を遺棄し、又はその生存に必要な保護をしなかったときは、3月以上5年以下の懲役に処する。」(引用:ミンナノミライ)
上記の様に家族の親の面倒も見なかったりしたら、刑事罰を受けてしまう事になっています。
私の友人はこれを調べていたらしく、「嫌いな親の面倒を見ないといけないのは本当に苦痛だけど仕方ないのかな」等と言って、重い雰囲気になってしまいました。
私は「法律では決められているから仕方が無いけど、これを知らずに放置していたら、とんでもない事になっていたのかもしれないよ」と話し、友人は少し納得をしていました。
ただ、やはりまだ両親への恨み等がある様で、「親の面倒を見たくない」と一貫して友人は私に言って来ましたから、「どうにかならないのか」とこちらも頭を抱えてしまいました。
ただ、こうした法律がある事は是非とも知っておいて欲しい事なので、参考にして貰えれば幸いです。
親の面倒から逃れる解決策とは
これまでご紹介した内容で、原因も含めて親の面倒を見なければいけない義務が生じている事が、分かりました。
しかし、子供の頃からトラブルがあった関係です、法で定められても避けて通りたくなって来てしまうのが現状です。
では、何か解決策はあるのでしょうか、大変気になりますね。
私の友人も凄く悩んでいました。
「もう親と会うなんて、真っ平御免だよ。私を苦しめて来たのに、誰が助けてやるもんか!」と厳しい意見が飛び交っていました。
私はその場では言葉を失って、暫く話を聞いていましたが、その際に頭に浮かび上がったのが「解決策を見つければ、なんとかなるんじゃないのかな」でした。
これによって、友人もそうですが当記事をお悩みの中で読んでいる読者の皆さんにとっても、参考になったり解決の糸口になる事でしょう。
では、その解決方法をご紹介して行きます。
ヘルパーを雇う事
1つ目は、ヘルパーを雇う事です。
この方法を利用する事だけでも、法的には義務を果たせている事になっているのです。
人の支援をしている、これが明確ならばそれだけで充分に血縁者の支援を行っているとアピールでき、そして親との距離も空ける事が出来るので、自身のストレス軽減に繋がります。
私はこの方法なら、多少お金が掛かっても特に問題無く生活の質は維持出来ると思いました。
もし、親の方が経済的に裕福だったらそちらのお金で、ヘルパーを雇うという方法もあります。
辛い頃の事とか、親への尊さを失った瞬間とかを忘れて、介護の専門職の人に老後の面倒を見て貰った方が妥当です。
私の友人にこの事を伝えたらとても嬉しそうでした。
「そうか!その手があったか!ありがとう!」って手を握って来ましたので、私としても友人の為にアドバイスが出来て嬉しく思いました。
友人の子供の頃はとても辛かった様ですから、これで親は親、自分は自分といった主体性を持った生活環境を維持して貰える事を、心から願っています。
兄弟や親族と相談して助け合う
2つ目は、姉弟や親族と相談して助け合う事です。
親の面倒を見たくない個人の心境を兄弟同士・親戚同士で相談し合ってみて、方向性を定めて行く事も解決への道筋が見えて来るかもしれません。
意外と親族の人達も悟っていたり、既に分かっていたりする事だってあります。
兄弟だって同じです、本人が一番年上の長男・長女でしたら、兄・姉の姿を見て来ている訳なので、話を聞いてくれるでしょう。
私の友人は以前から姉弟に親の面倒の事を相談していたと聞いています。
「私では限界だから、弟と妹の2人に相談していたよ。ただ、まだ話は途中だけど、それでも上手く行かない場合は家庭裁判所により、介護費用を兄弟に請求する事が出来る事をして貰おうと思っているんだ」と言っていました。
私も最終的な判断は家庭裁判所に任せた方が良いと思いますし、それで妥当な結果が出てしまった方がスッキリするでしょう。
兄弟間で上手く回せない状況もあり得たりしますし、個人で抱えるとストレスの余り精神的な疾患を患ってしまいます。
こういった時には第三者間でもある家庭裁判所が、適切な判断をしてくれます。
まとめ
今回は、親の面倒を見たくない原因と解決策をご紹介しました。
親の面倒を見たくない原因
- 多感な時期や思春期にを通じて親への「尊さ」を失ってしまい、面倒を見たく無くなる
- 虐待を受けた影響で親への険悪感が増してしまい、面倒を見れなくなる
- 親の兄弟が居なくなり、1人になると子供が面倒を見る必要になってしまい、大変辛くなる
親の面倒を見る必要がある法律
- 直系の血縁者は親の面倒を見ないといけない
- 親の面倒を見ていないと、刑事罰にかけられてしまう場合がある
親の面倒を見ないで済む解決策
- ヘルパーを雇う事で、法的に義務を果たせる事になっている
- 1人では辛いので、兄弟や親族と相談して助け合う
これで、親の面倒を見たくない原因等が分かりました。
母親がお腹を痛めて産んでくれて、そして、父親は毎日努力して家族を養ってくれています。
その中で本人が成長するに連れて、様々な感情を抱いてしまうのは仕方が無い事です。
しかし、そこで親子の仲が悪くなっても、お互い血筋の繋がった関係ですから、最後まで対策を考えて行きましょう。
そして、面倒を見たくないという冷たい気持ちがいつか無くなる事を願えたら、苦しみも無くなり最高な気持ちにになりますよ。